11ヶ月見続けてきたNHK大河ドラマ『龍馬伝』も、遂に最終回を迎えました。
第1回目の放送から最終回まで見てきたましたが、演出と主演以外は、大変面白く見ることができました。大森南朋や蒼井優、貫地谷しほりなど、素晴らしい俳優さん達の気持ちの込もった演技は本当に楽しかったです。特に岡田以蔵を演じた佐藤健さんの演技は大変素晴らしく、今までに見たことない新しい人斬り以蔵を見せてくれました。
とは言え…作品の善し悪しを大きく左右するのは、やはり演出家と主演です。
演出の大友啓史さんと主演の福山雅治さんの中身カラッポで見た目だけの演出&演技は、とてもとてもとても残念に思います。
映像の美しさや細かい部分(埃とか汚れ)へのコダワリは感じましたが、「龍馬が今どんな気持ちなのか」、「どういう気持ちの変化があって、ああいう行動を起こしていったのか」など、僕が一番見たい部分は最後までよく分からないままでした。
確かに、表情やセリフの言い方、立ち居振る舞いや雰囲気など"見た目"も重要でしょう。
しかし、演技において一番重要なのは、多くの演出家や俳優が言うように、"気持ち"です。
人はほとんどの場合、"気持ち"がなければ言葉を発する事はありません。
つまり、言葉(セリフ)を発しているということは、発するだけの理由(気持ち)が存在するのです。
その中身(気持ち)をおろそかにしていれば、何か言葉は発しているけど何を言ってるのか分からない、あるいは何も伝わってこない、ということになります。
「龍馬は何故こんなセリフを言うのだろう?」
その難しい問いに向き合い続ける事で、その役の人間を少しづつ理解していき、それが役作りにも繋がっていくのだろうと思います。
そういう作業は、本当に骨が折れる作業です。演じることが好きでそれでメシを食っていくしかない人間以外に、そんな面倒な作業をすることはできないのかもしれません。
豊富な資金力でどんな大物でもキャスティングできるNHKですが、次回の大河では"ミュージシャン"ではなく、少なくとも"俳優"をキャスティングして欲しいと切に願います。
2010年12月06日
2010年11月22日
龍馬伝 第47回「大政奉還」/最後の切り札!田中哲司、迫真の演技
武市半平太(大森南朋)が切腹し、岡田以蔵(佐藤健)が処刑され、お元(蒼井優)までも国外逃亡でいなくなり、どーにも尻すぼみ感が否めないNHKの大河ドラマ『龍馬伝』も、残すところあと2回となりました。
もはや見どころはないのか…と諦めていたところ、もう一人いました!とんでもなく素晴らしい田中哲司という俳優が!!
◇◆◇◆
今回のお話では、徳川将軍慶喜が遂に"大政奉還"することを決断します。
二条城に集めた四十藩もの重臣達を前にした慶喜(田中哲司)の迫真の演技はとても見ごたえがあり、徳川幕府260年の終わりを感じさせるにふさわしいとても良いシーンだったと思います。
そのシーンの最後、慶喜は、
「もうよい…皆下がれ…」とかすかに聞こえるくらいの声でつぶやきます。
そして少しの間があって…
「下がれぇぇぇーー!!」と大きな声で叫びます。
つまり田中哲司さんは、そのシーンの演技をそのようにプランしたのだろうと思います。
戯曲をどう読むのか?
そこに正解はないのだろうと思います。否、色々な正解がある、とも言えるでしょうか。将軍慶喜のその時の気持ちは、田中哲司さんにしかできない唯一無二の"正解"だったのかもしれません。
きっとその"正解"は、台本を読み込み、歴史的背景を勉強し、考えに考え抜いたたからこそ辿り着けた"慶喜の気持ち"なのでしょう。
演技プランに捉われ過ぎて現場で新鮮なやり取りができないのは困りものですが、"少なくとも演技プランを用意すること"が如何に大事なことかを教えられたような気がします。
"福山龍馬"のように、プランもへったくれもないただ与えられたセリフを暗記して発しているだけの演技では、決して"龍馬の気持ち"に辿り着く事はできないでしょう…
さぁ!11ヶ月続いた『龍馬伝』も、来週の最終回を残すのみとなりました!
最後まで、"坂本龍馬"を見る事はできませんでしたが、"龍馬"の周りにいた素晴らしい人達に出会えたことに感謝しつつ、次回の最終回を楽しみたいと思います!!
アディオス、アスタレェェーゴォ!!
もはや見どころはないのか…と諦めていたところ、もう一人いました!とんでもなく素晴らしい田中哲司という俳優が!!
◇◆◇◆
今回のお話では、徳川将軍慶喜が遂に"大政奉還"することを決断します。
二条城に集めた四十藩もの重臣達を前にした慶喜(田中哲司)の迫真の演技はとても見ごたえがあり、徳川幕府260年の終わりを感じさせるにふさわしいとても良いシーンだったと思います。
そのシーンの最後、慶喜は、
「もうよい…皆下がれ…」とかすかに聞こえるくらいの声でつぶやきます。
そして少しの間があって…
「下がれぇぇぇーー!!」と大きな声で叫びます。
つまり田中哲司さんは、そのシーンの演技をそのようにプランしたのだろうと思います。
戯曲をどう読むのか?
そこに正解はないのだろうと思います。否、色々な正解がある、とも言えるでしょうか。将軍慶喜のその時の気持ちは、田中哲司さんにしかできない唯一無二の"正解"だったのかもしれません。
きっとその"正解"は、台本を読み込み、歴史的背景を勉強し、考えに考え抜いたたからこそ辿り着けた"慶喜の気持ち"なのでしょう。
演技プランに捉われ過ぎて現場で新鮮なやり取りができないのは困りものですが、"少なくとも演技プランを用意すること"が如何に大事なことかを教えられたような気がします。
"福山龍馬"のように、プランもへったくれもないただ与えられたセリフを暗記して発しているだけの演技では、決して"龍馬の気持ち"に辿り着く事はできないでしょう…
さぁ!11ヶ月続いた『龍馬伝』も、来週の最終回を残すのみとなりました!
最後まで、"坂本龍馬"を見る事はできませんでしたが、"龍馬"の周りにいた素晴らしい人達に出会えたことに感謝しつつ、次回の最終回を楽しみたいと思います!!
アディオス、アスタレェェーゴォ!!
2010年11月15日
龍馬伝 第46回「土佐の大勝負」/劇的な展開にナラズ…
映画『蜘蛛巣城』(黒澤明監督/三船敏郎主演)の原案にもなっているシェイクスピアの『マクベス』という作品があります。
その作品の中で、マクベスは自分の邸で王であるダンカンを暗殺します。
出世のためとはいえ、王を手に掛けたマクベスは、自分のやったことを後悔して尋常ならざる精神状態に陥ります。そのマクベスに対して、妻のマクベス夫人は夫を慰めるどころか、「なんと意気地のない男!」と罵倒します。
つまり、後悔に苛まれる男と、それを全く意に介さない女、という対比が戯曲をおもしろくしていると解釈できます。
ドラマというのはそのように、できるだけ真逆のものがせめぎあったり、(色々な意味で)違う方向にいこうとしたりした方が、より劇的になるということでしょう。
◇◆◇◆
今回の龍馬伝のラストシーンは、龍馬と乙女の海辺のシーン。
ひとり海を見ている龍馬のところへ、姉の乙女がやってきて声をかけます。
「龍馬、死んだらいかんぞね」と。
福山龍馬はそのセリフをしっかり受け止めて、深刻な表情になります…
ハイィィ!カァァァァット!!!
福山クン!そこは寺島さんに引っ張られて深刻にならずに!
あくまでも「何言ってんの?」と軽くいなして、希望に満ち溢れていた方がイイデスヨー!
「龍馬を心配する乙女」と
「大殿様を説得し大仕事をやり終えた充実感と、大政奉還に一歩近づいて希望に満ち溢れている龍馬」、
その対比があった方がオモシロクナイデスカ?
しかも見ている視聴者は、数日後には龍馬が暗殺されると知ってるから、「希望に満ち溢れた龍馬」が余計に切なく感じたりなんかしちゃったりして。
『ドラマ』というのは、できるだけ色んな"落差"があった方がオモシロイ!ような気がします。
その作品の中で、マクベスは自分の邸で王であるダンカンを暗殺します。
出世のためとはいえ、王を手に掛けたマクベスは、自分のやったことを後悔して尋常ならざる精神状態に陥ります。そのマクベスに対して、妻のマクベス夫人は夫を慰めるどころか、「なんと意気地のない男!」と罵倒します。
つまり、後悔に苛まれる男と、それを全く意に介さない女、という対比が戯曲をおもしろくしていると解釈できます。
ドラマというのはそのように、できるだけ真逆のものがせめぎあったり、(色々な意味で)違う方向にいこうとしたりした方が、より劇的になるということでしょう。
◇◆◇◆
今回の龍馬伝のラストシーンは、龍馬と乙女の海辺のシーン。
ひとり海を見ている龍馬のところへ、姉の乙女がやってきて声をかけます。
「龍馬、死んだらいかんぞね」と。
福山龍馬はそのセリフをしっかり受け止めて、深刻な表情になります…
ハイィィ!カァァァァット!!!
福山クン!そこは寺島さんに引っ張られて深刻にならずに!
あくまでも「何言ってんの?」と軽くいなして、希望に満ち溢れていた方がイイデスヨー!
「龍馬を心配する乙女」と
「大殿様を説得し大仕事をやり終えた充実感と、大政奉還に一歩近づいて希望に満ち溢れている龍馬」、
その対比があった方がオモシロクナイデスカ?
しかも見ている視聴者は、数日後には龍馬が暗殺されると知ってるから、「希望に満ち溢れた龍馬」が余計に切なく感じたりなんかしちゃったりして。
『ドラマ』というのは、できるだけ色んな"落差"があった方がオモシロイ!ような気がします。

